4/8  思いつき
4/21  好きと嫌いについて



4/8  思いつき

『信用を得るには百度の成功が必要だが、
 信用を失うにはたった一度の失敗でいい。』

    〜寝坊で遅刻しかけた時に出てきた言葉〜

4/21  好きと嫌いについて

特定の人物が好き・嫌いというのは
その人物が過去、自分・または他者に好悪を決定付ける行動を行ったことは明白であるが、
果たしてそれはその人物の好悪に繋がる事なのだろうか?
あくまで好悪の対象は、その人物がおこなう「行動」ではないのでは無かろうか。

その「行動」を誰か別の人間が行ったして、自分は同じ好悪を抱くのではないだろうか。
そう考えると人物に対する好悪というのは無意味かつ無価値、ということに成り得るのでは無かろうか?

………………

ここで少々別の視点からこの問題に触れてみようと思う。
特定の人物の好き・嫌いというには、ゲームに例えてみれば「好感度」なるものに表すことができる。
好感に値する行動を起こした場合+1、
反感を抱くような行動を起こした場合-1、というようにその人物に対する評価を脳内に逐一記憶していくのである。

この「好感度」は、その人物が起こす行動に主観的価値を付加する。
例えるならば以下のような具合である。

好感度0の人間が、自分に対し好感度+1となる行動を起こした場合、
それはそのまま好感度+1として自分の中で評価される。
しかし、好感度-10の人間が同じ行動を起こしたとしてもその評価にはマイナス補正が掛かり、+0.1となったりする。
これはことわざで言うところの「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」状態である。

このことから人物に対する好き・嫌いというのは、
その人物の「好感度」による評価であると言うことが出来る。

………………

さて、微妙に関係があるのだか無いのだか分からない好感度の説明を終えたところで閑話休題と行こう。

私は最初に「その人物が起こす行動とその人物に対する好悪を関係付けるのは意味がない」と言ったが、ここで先ほどの主張と異なる事実を提示するとしよう。

「自分にとって好悪の感情を抱かせる行動を起こす人物は、高い確率で幾度も同種の行動を起こす」
というものだ。

つまり、「嫌なことをしてくる人間はいつもいつも嫌なことばかりしてくる」
もちろんその逆もしかりである。

人間、一度方向性の定まった性質と言うのは中々変えようの無いもので、
よってその人物が与える印象というのは常に同じベクトルを向いているのだ。
皆、これを経験的に知っているから初対面での印象は大事だと言われるのである。

………………

結局、私が何を言いたいのかと言えば、私も何が言いたいのか分からない。
世の中にはしょうもない話をさも有難い話であるように語る輩もたまにいるので
これを読んだお方も注意されたし。


以上、思い付くがままに綴った駄文であるが故に反論・異論も多々あるであろうが深く気にされないことをお勧めする。